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2026年1月〜3
 ■3坪からの街ある紀


  休みの日に近隣の街を散歩することが多いので、2026年1月からHPに載せてみることにしました。よろしければお付き合い下さい。3坪とは当店の厨房の大きさです。狭い。。。
  なお、同業者を評価する立場にはないので、飲食店の店名は載せていません。



8月○日 飯能市

 ムーミンパークーもトーベ・ヤンソン公園も休みだったので、猛暑日のこの日、飯能市街をぶらぶらすることに。前回の美ヶ原で懲りたので、日焼け止めを塗り、帽子をかぶり、凍らせたドリンクを用意し準備はOK牧場(byガッツ石松。素晴らしい人だった)。
 まずピッカピカの観光協会事務所でパンフレットをもらい、近くの飯能銀座へ。典型的な地方の商店街だけど、どっこいがんばっている。洋品屋、電気屋、魚屋、和菓子屋など個人の○○屋(横浜○○家ではなく)が健在。新しいカフェなどもあって、次世代への引き継ぎも着々。商店街をを抜けて、立派な駅ビルになった飯能駅に寄り、さらに20分ほど歩くと飯能河原という有名なキャンプスポットに出る。夏休みを惜しむ若者でいっぱい。推定200人以上(個人の観察)。
 場違いな老人2人は、水遊びもスイカ割りもせず、お似合いのスポット、お寺へ。20分ほど歩くと能仁寺という名刹に着く。立派な山門と大書院などをお参りし、背景にそびえる天覧山に登った。そびえるといっても標高195mだが、なかなかの登り応えだ。最後は鎖に捕まりながらの登頂。ふもとにある発酵カフェでテイクアウト。キムチコロッケと冷やし焼き芋。これ発酵食品か。冷たい焼き芋は初めてだけど、ねっとりしておいしかった。が、猛暑の街歩きはしんどい。車に戻ってしばし仮眠。ZZZ




7月○日 長野県 美ヶ原高原

 舐めていた。標高2000mの7月の日差しを。。。帽子もかぶらず、日焼け止めクリームなど頭の片隅にもなく、4時間歩いた。。結果、手と顔が赤く腫れ、目のまわりも痛い。1週間ほてりっぱなしときた。帰ってきて、早速(?)帽子を注文。転んだ後の杖、
 とはいっても気温25度の高原はさわやか。快適で疲れも感じない4時間だった。牛たちもストレスフリーの生活なのだろう。表情が穏やかだ(と思う)。山頂にある有名ホテルのカフェで抹茶あんみつとリンゴジュースを注文し、テラス席で食べることに。爺さんには恥ずかしい行為だが結構なお点前だった。




6月○日 館林市

 お目当ての日清製粉ミュージアムが休館日だったので、近くの正田醤油本社へ。現在、工場見学は休止中とのことで、敷地内にあるレストランで食事。この建物も国の登録無形文化財に指定されていて、高い天井には当時のままの太い梁が。キャッチコピーは「発酵レストラン」だったが、和定食やハンバーグ、カレー、パスタ、うどんなどなんでもあり。平日ランチタイムにもかかわらず、客層は、やはりというか妙齢のご婦人方ばかり。食後に同じ敷地内の正田記念館を見学。入場無料で管理人はおらず、他に見学者もいない。正田家と日清製粉、東武鉄道、上皇后様との関係物語に興味があったが、展示資料はほとんどなかった。が、創業以来の当主の歴史が細部に亘って残されていて、興味深く勉強させてもらった。
 さらに、3年前にオープンした正田茶房というカフェに移動する。どら焼きやみたらし団子をテイクアウト。車を置かせてもらい、40分かけて徒歩でつつじが岡公園へ。30年ぶりだったが、変化、進化にびっくり。雑然としていたエリアは、水性植物園や遊歩道などが整備され、快適に回遊できるようになっていた。アメリカン風のカフェも新設されて、つつじ味(!)のソフトクリームで一服。なんだかんだで14000歩の1日に。




5月○日 沼田市

 NHK大河ドラマ「真田丸」の影響か、市内のあちこちに「真田」や「六文銭」がはためいている。ドラマは10年前だ。大河恐るべし。訪れた沼田公園は、丁寧に、でもやり過ぎることなく整備されていて、散策者にとってその加減が心地いい。城址公園として絶妙の塩梅だ。
 大型商業施設を再利用したというテラス沼田にも寄ってみた。減築という手法で床面積を減らしたとのこと。その効果は見ればわかる。よくぞここまで。多目的ホールは高校生であふれていた。1階のカフェに寄り、ケーキとコーヒーでひとごこち。
 80mの高低差があるという見事な「滝坂」を下る。こんな坂をよく残してくれた。沼田駅に着き、熊が出たという公衆トイレなどを社会科見学しつつ公園に戻った。12000歩の街歩き。その消費カロリーをチャラにするラーメンセット大盛りを食べてから帰路につく。

 [画像] 中:真田信之・小松姫像 後方は天守跡地



5月○日 前橋市大胡町

 ということで陶芸教室を体験してみることに。子供の頃以来か。電動ろくろと手びねりのコースがあるが、今回は簡単な手びねりで茶碗と小鉢を作ることにした。最終形がわからなくて、厚さや大きさの整え方に四苦八苦。先生に助けてもらいながら1時間ほどで完成。その2人の作品が下右の画像。初めてにしては、、、いや、初めてにしても、、か。 色づけや焼成は2ヶ月後になるとのこと。楽しみ?
 せっかくなので、大胡城跡を再訪してみることに。訪れる人はほとんどいないようで、駐車場に轍(わだち)の跡もない。城についての知識はないが、土塁や空堀が改変されることなく残されていて史跡としてすばらしい。城址公園として整備し多くの人に訪れてもらいたいような、このまま残してもらいたいような。

 


5月○日 上野 国立科学博物館

 男の子は「危険生物」に惹かれる。「子」ではないが話題の「超危険生物展」に行ってみた。休日は予約制になるほどの人気らしいが、思ったより空いていた。大きさ、力、数、毒、などに分類されたエリアに、それぞれの「危険な生物」が展示されている。予想と違って、ほとんどが剥製やレプリがの展示と文字による説明だったが、ゾーンごとに刺激がリセットされるので興味が尽きない。切り口というか企画の勝利。十数年ぶりに常設展にも寄ってみたけど、リニューアルされていて初見と同じ刺激を味わえた。圧倒的な展示量は相変わらずで、時間がいくらあっても足りない。閉館時間まで粘った後、東照宮や恩賜公園をまわり、贅沢をして根津のうなぎ屋へ。酒のつまみに頼んだ小鉢を含め、すべておいしかった。




5月○日 横浜駅周辺

 ずーーっと工事しているので日本のサグラダファミリアと呼ばれている駅。40年以上前、横浜市に住んでいたことがあったけど、その頃の面影はない。1mmもない。ビルしか無かった東口にはアソビルとかいう遊べるビルが(写真右)。相鉄ビルは相当すごいビルに(写真中)。毎日のように通っていた西口地下街は入口さえ移動していた(写真左)。




4月○日 高崎市倉渕町

 2027年のNHK大河ドラマに小栗上野介が採用されるとのことで、その終焉の地へ。いつものようにまずは道の駅から。その名も「くらぶち小栗の里」。木の自動ドアを開けると、たくさんの「小栗かいわい」がお出迎え。小栗まんじゅう、小栗カルタ、小栗ようかん、などなど。小栗百人一首はなかった。観光パンフをもらい、ゆかりの寺である東善寺まで歩く。パンフレットでは3cmほどだったが、なかなか先が見えない。あとで調べたら3kmあるそうだ。しかも上り道。50分かけてお寺に到着。境内はよく整備されていて気持ちがいい。お線香を買って、石像とお墓にお参り。名にし負う小栗椿も花が残っていた。濡れ衣を着せられ無実のまま処刑されたという史実を知るに、合わせる手にも力がはいる。アメリカから持ち帰ったというネジは見られなかった。参拝者は2、3組だったが、大河ドラマ関連の掲示物があちこちに。1年後は観光客であふれていそう。




4月○日 高山村

 群馬県内に8つある”村”のひとつ。ロックハート城に行ったりキャンプをしたことはあったけど、街を歩くのは初めてになる。いつものように道の駅で情報収集。と、車で坂道を登っていくと、思わぬ外観の建物が現れた。「道の駅中山盆地」。村内にある天文台とロックハート城からの連想で、星型の屋根と大理石の壁になったのかも(個人の推測)。設計料高かったろうなあ。温泉やキャンプ場も併設されていて、売店も充実していた。「かよちゃんのそばいなり」を買って、展望台を兼ねたベンチで食べることに。眼下に広がる桜を見ながらの昼めしは、おいしさ3割増し(陳腐な感想で申し訳ない)。
 10分ほど離れた役場に車を停めさせてもらい、村内をぶらぶら。2時間ほど歩いたが、あるのは山あいの田園と川と桜ぐらい。これでいいのだ。
 少し車を走らせ中山城址へ。ここも中山城本丸跡の石碑のみ。さらに車で三国街道「中山宿」跡の集落に。坂本九ばりに、上を見ながら歩いてみると、当時の面影を残す建物がちらほら。村歩きは、街歩きと違う面白さがある。




4月○日 滋賀県 大津市 近江八幡市 彦根市 長浜市

 「城と桜」「寺社と桜」を楽しもうと、正味1日半ほどで琵琶湖東岸巡りを決行。まず大津市にある石山寺に。紫式部が源氏物語の着想を得たといわれる名刹。名前の通り、巨大な岩の上に本堂が建っていて、建物、岩、桜が一体となった荘厳な景観は見事。
 北に上って、近江八幡市へ。雨風が強くなってきて、『手こぎ船によるお堀巡り』は断念。徒歩で市内を散策することに。花いかだの水面や橋、白壁の蔵、石垣などなど、どこを切り取っても桜が似合う町。近江商人発祥の地でもあり、古い商家があった町並みがほぼそのまま残されている。その近江商人の守護神であり、地名の由来になったという日牟禮八幡宮を参拝。外国人でごった返していた。そのあと2時間ほどかけて市の中心部を歩く。歩く。歴史保存地区では、○丁目ではなく、魚屋町上、中、元、のように表記されている。町名表示板を見て歩くだけで心はずむ。興味があったメンタームの近江兄弟社にも寄ってみた。偶然通った、おばんざい屋さん(惣菜屋)のランチが素晴らしかった。歩き疲れた身体に甘口の地酒が染み渡った。

 [画像] 上中:日牟禮八幡宮 上右:石山寺 下左:近江商人の商家 下中:花いかだの中を走るいかだではなく木造船 下右:昼めし




 さらに北上し、彦根市へ。ここはやはり彦根城一択。天守の周りやお堀沿いに1000本以上の桜が咲き乱れる様は、まさに「桜の中に城がある」。でもますます風雨が強くなってきて、傘はおちょこになるし前も見えなくなってきた。そんな中、そろそろ日の入りの時間だろうと予想(何も調べていない)、歩いて15分ほどの琵琶湖湖畔は夕日がきれいだろうと予想。海風(みずうみ風)はさらに強くなり、身体が吹き飛ばされそうになりながら日没を待つ。大きな雲の流れと日が沈むタイミングが合わず、くじけそうになりながら20分以上とどまって、(太陽を直視できないので)一瞬の間に目をつぶって撮ったのが下の1枚。なので「たいした写真じゃない」などといわずご覧下しゃい。夜は中心街の居酒屋へ。出てくる料理すべてにプラスワンの工夫が施されていて見事。そして美味しい。スタッフの心遣いも素晴らしかった。今日は昼も夜も食事が「当たり」だった。旅の評価はこの辺で左右されるのかも。

 翌日は長浜市まで足を延ばす。見所の多い街だけど最初は長浜城から。豊臣秀吉がはじめて築いた城だが、当時の城郭はほとんど残っていなくて、今の天守は1983年に復元されたものだとか。それでも、桜の海の中に浮かび上がるお城は一見の価値あり。城から数分歩くと琵琶湖畔に出る。城と湖と桜の三重唱が楽しめる贅沢。20分ほど歩いて豊臣秀吉像のある豊国神社にお参りし、さらに井伊直弼ゆかりの古刹「大通寺」へ。精巧な細工が施された山門は33年の歳月をかけて完成したとのこと。インバウンドの観光客でにぎわう黒壁スクエアはすぐ近く。ちょっとだけのぞいてみた。
 滋賀県は有名観光地がコンパクトに収まっているので、JR琵琶湖線を使って短時間で廻ることができる。どこに行っても「豊臣兄弟」のポスターだらけだったけど。

 [画像] 上左:彦根城 上中:彦根市キャッスルロード(歴史保存地区) 下左:長浜城 下中:豊臣秀吉像 下右:夕食と地ビール







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